2011年04月20日

ぽてとファーム 佐野さんの報告2

 塩釜の浦戸桂島は島民200名全員が無事。廃校になった小学校に全員避難し、知人の内海さん(以前仙台で開催したJIL虐待防止のワークショップに参加)は不定期の渡船で塩釜に渡り、社協の包括センターで元気に働いていました。
 今回釜石まで北上しました。本当に偶然なことに東さんが熊本学園大学の花田さんと東北に来ていてびっくり、さらに北海道の土本君が制度改革推進会議に出席のため陸路東北に立ち寄っていてオオびっくり。岡山の知的障害者福祉協会の重利君とも合流して総勢6名で南相馬に入りました。
 今回も新たに入ることが可能になった津波被災地を見て周り、大切な命と幾万もの人々の暮らしを奪った膨大な脅威をまたもや感じることになりました。
 北陸や山形で原発危機後方支援を考えていこうと確認した人々、郡山の白石さん、岡部君、孤軍奮闘の杉田君、仙台たすけっとの杉山君たち、南相馬の青田さん、逆に元気をもらい帰路に着きます。
 現在新潟中央インターのホテルより ●南相馬から二本松に抜ける道に迷い、大変な思いをしました。南相馬から古いナビが示す県道62号ルートに入りました。これが大変な未舗装の山道。がけ崩れの後はあるは、引き返すUターンの余地もありません。途中同乗の重利君がいなかったら遭難していたかもしれません。
http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E9%81%9362%E5%8F%B7%E5%8E%9F%E7%94%BA%E4%BA%8C%E6%%E6%9D%BE%E7%B7%9A/?from=websearch
■RーDAN(放射線検知器)脅威の数値(1分間でガイガー管に飛び込むベータ放射線の個数の通常値を25カウントとします。滋賀での平均値) 南相馬は100カウントを超え時折アラームが鳴りました。アラームは99にセットしてあります。県道62号線の山道にさしかかり、高の倉ダム付近で計測ごとに約100カウントずつ増えるといった信じられない現象が起き、一時1000カウントを突破。道に迷ったことに加え、生きて帰れるかと心細くなりました。
 ようやく二本松にたどり着き100カウント台に数値が下がるとほっとしました。先日二本松インター付近で150カウント台が表示されたとき恐ろしい思いをしたのに、1000カウントに遭遇すると、100カウントや200カウントでも安心するという人の心理は複雑です。今回標高が高く特定の地域に高濃度の放射線が存在する。いわいるホットスポットの存在を実感しました。

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ぽてとファーム事業団/CIL湖北(佐野武和)
〒526-0015 滋賀県長浜市神照町277-2
TEL0749-68-0171
posted by りーぶる at 09:54| Comment(0) | 震災関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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